Blog

虐待という概念の遷移

最近はうさぎを屋外飼育すると虐待になるという。
私が小学生だった昭和末期には学校でニワトリとうさぎが飼われていた。
ニワトリもうさぎも怪我をしてて不健康な印象はあった。
屋外という環境が問題なんじゃなくて小屋が狭いせいでストレスがたまって暴力的になってたんじゃないかと思う。
自然の動物は屋外で生活している。
可愛い愛玩動物を求める人間の欲望によって品種改良され野生で生存できない種が作られている。
人間が品種改良して出来た屋外で生活できない種を屋外飼育するのは確かに虐待だと思える。
動物も植物も人間の手が入ると自然に持ってた特徴を失っておかしなことになってるケースが多そう。

最近は動物と触れ合える場所に色々行ってる。
動物のニオイはそれほど不快には感じない。
人間の作った洗剤・柔軟剤・除菌剤・ワクチンなどのニオイは危険だと感じてる。
動物のニオイよりも人間の作った化学物質のニオイが強い施設の動物の健康は大丈夫なのか心配になる。
柔軟剤やファブリーズの化学物質によりペットに健康被害が出ても化学物質が不調の原因になるという知識がなかったら因果を結びつけることは出来ない。
コロナワクチンを7回打ってもピンピンしてるように人間は頑丈に出来ている。
Wifi完備の猫カフェとかあるけど、猫の健康に影響してそう。
屋外でも5GやWifiの電波は飛び交ってるので人間が他の生命体にかけてる迷惑は相当な量だ。

動物も精神的な病にかかることは動物園で檻に閉じ込められた個体を観察してるとわかる。
ペットとして飼われてる動物にも精神症状があるという。
人間との関わりによって精神に異常が出る可能性は考えられる。
けど、物理的な作用もあるような気がする。
人間の例だけど、ワクチンが自閉症の原因だったり、オーガニックのものだけを食べると自閉症の子供の症状が劇的に改善してる。

ペットとして人間に飼われるとなるとワクチン接種して人工的な餌を与えられてる。
さらに不妊処置をされるのでホルモンバランス異常も起こってそう。
動物に対する保護だとか福祉だという行為は本当に動物の幸せのためなんだろうか?
動物は人間の言葉を話さないから動物を見て思うことは見てる人間の心の投影かもしれない。

うさぎ島として有名な大久野島には一度行ったことがある。
島で大量繁殖しているうさぎは屋外で暮らしていた。
人間が持ち込んだうさぎが島で野生化して繁殖したという。
無人島という環境だから可能な不自然な生態系である。
昭和4年(1929年)から昭和20年(1945年)まで、太平洋戦争で使用するための毒性のガスが製造されてて、土壌はヒ素で汚染されてるという島はうさぎにとって天国なのだろうか?

うさぎ肉の缶詰や毛皮の軍需利用などうさぎ文化についてこちらのページが面白い。
うさぎ肉は粘着性があるので日本ではソーセージのつなぎとして使われていたという。
現在のソーセージの結着剤は食品添加物が利用されてるのでうさぎ肉は入ってないっぽい。
ソーセージやハンバーグという加工食品は何の肉が入ってるかわからない。
マクドナルドには悪魔崇拝儀式で殺された子供の肉が入ってるとか。
魚肉ソーセージは日本独自の食品。
1954年のビキニ環礁水爆実験による汚染でまったく売れなくなったマグロを利用して作られ始めたという。
食べて応援は昔から日本の伝統なんでしょうか。

 

雑記   2025/05/02   auwa
≪ 幸せなのか錯覚なのか  |  利用価値の無いものは死ね ≫